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横浜地方裁判所 昭和53年(行ウ)32号 判決

原告 遠藤金之助

被告 鎌倉市長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和五二年三月二六日付鎌福社第七一七号及び同年四月二五日付鎌福社第五三号による措置費等決定通知書をもつてなした精神薄弱者援護施設入所費用徴収額変更処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、いずれも精神薄弱者である長男行一(大正一五年一月一四日生)を県立の精神薄弱者援護施設「津久井やまゆり園」に、長女規子(昭和六年四月二六日生)を私立の同施設「鎌倉清和学園」に入所させているところ、右行一及び規子の世帯主である。

2  被告は原告に対し、昭和五二年三月二六日付鎌福社第七一七号による措置費等決定通知書をもつて、原告が右両名の入所中に要する費用のうち負担すべき額として、いずれも適用年月日を同年四月一日で、行一については月額一万二五〇〇円、規子については月額一二五〇円とする旨決定し、また同年四月二五日付鎌福社第五三号による措置費等決定通知書をもつて、原告が右両名の入所中に要する費用のうち負担すべき額として、いずれも適用年月日を同年五月一日で、行一については月額一万五〇〇〇円、規子については月額一五〇〇円とする旨の決定をした。

3  原告は、右各決定(以下「本件処分」という。)を不服として、昭和五二年五月二七日神奈川県知事に対し審査請求をしたところ、同知事は昭和五三年五月九日付でこれを棄却する旨の裁決をなし、原告は、同月一五日右裁決書謄本の送達を受けた。

4  精神薄弱者援護施設入所費用の徴収に関して、精神薄弱者福祉法二七条は、精神薄弱者援護施設入所の措置に要する費用を支弁する市町村の長は、入所中の精神薄弱者又はその扶養義務者(民法に定める扶養義務者をいう。)から、その負担能力に応じて、入所中に要する費用の全部又は一部を徴収することができる旨規定しており、鎌倉市では、右規定を受けて、鎌倉市精神薄弱者の措置費徴収額に関する規則(以下「規則」という。)を制定し、その二条において、入所者又はその扶養義務者から、その負担能力に応じて徴収する費用の額の基準として、入所者の属する世帯階層区分による徴収基準額(月額)を定めている。また、右徴収金基準額については、厚生省通達(昭和四八年四月二六日厚生省発児第八四号の七、以下「本件通達」という。)によつて基準が設けられ、これによれば、徴収額の決定(課税階層区分の認定)は、「入所者と同一世帯に属して生計を一つにしている扶養義務者(入所者の直系血族のほか、兄弟姉妹等を含む。)のすべての者について、それらの者の課税額の合算額により行なう」と定められている。

5(一)  右のとおり、精神薄弱者福祉法二七条は、措置費徴収に関し「徴収することができる」と規定しているが、これを児童福祉法五六条一項と対比すれば明らかなとおり、精神薄弱者の施設入所費用は原則として公共団体が負担するとするのが法の趣旨である。

すなわち、精神薄弱者が社会に一定の割合で存在することは厳然たる事実であり、それを一家族の責任ではなく、社会の責任として自覚し、教育や援助を図ろうという今日の精神薄弱者福祉の建前からいつて、施設入所費用は原則として公費負担とすべきが当然であり、例外的に徴収すべき場合とは、徴収しない方がむしろ不公平であると認められるような場合(たとえば、高額所得者であるような場合)に止めるべきである。

そして、右規定の趣旨は、措置費徴収がなされる場合における扶養義務者の範囲、徴収基準等を考えるうえにおいても十分生かされなければならない。

(二)  ところで、本件処分の根拠とされる規則二条は、徴収費用額決定の基準として、入所者の属する世帯階層区分によるとするのみで、課税額の合算対象となる世帯員について特に規定していないけれども、前記精神薄弱者福祉法二七条が「徴収できる」と規定した趣旨、さらには、本件通達における徴収基準が生活保護法の公的扶助における世帯単位の原則にそつて、「同一世帯、同一生計」という枠付けをし、費用負担を生活実態に即して入所者と特別な関係にある者に限定していることに照らせば、規則二条は、本件通達と同趣旨に出たもので、「同一世帯、同一生計」の扶養義務者を合算対象の世帯員とするものと解すべきである。

(三)  そして、「同一世帯、同一生計」であると判断するためには、同居しているかどうかは一つの判断資料に過ぎず、日常経費の分担、住民票の扱いなどを総合的に評価して判断すべきであるが、その際、前記のとおり、公費負担が原則で、費用負担をできるだけ課すべきではないという観点から、別世帯、別生計とすべき要因があればそれを重視すべきである。

6  しかるに、被告は、「同一世帯に属して生計を一つにしている扶養義務者のすべての者」という枠組みを外し、「同一世帯、同一生計にあるか否かを問わず同一家屋に居住している扶養義務者のすべての者」について課税額を合算するとして、入所者行一及び規子の扶養義務者でかつ世帯主である原告の課税額に、原告と同居しているものの別世帯別生計である次男礼二(昭和九年六月一〇日生)の課税額を合算して本件処分を行なつた。

7  しかしながら、原告は、明治三〇年三月一一日生の高齢のうえ、高血圧症や老人性うつ病といつた病気のため日常生活の面倒をみてもらう必要上、従来別居していた次男礼二の家族と同居しているに過ぎず、住民票は別世帯であるほか、原告には相当な収入があり、子供の世話にならぬよう日常生活費も可及的に別にしているのであつて、礼二とは別世帯、別生計である。

8  よつて、被告のなした本件処分は、合算対象となる世帯員ではない礼二の課税額を原告のそれに合算して原告の負担金額を決定した違法があり、取消されるべきである。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5の主張のうち、規則二条の適用にあたり本件通達に準拠すべきことは争わないが、その余の主張は争う。

3  同6のうち、被告が、入所者行一及び規子の扶養義務者でかつ世帯主である原告の課税額に原告と同居している次男礼二(昭和九年六月一〇日生)の課税額を合算して本件処分を行なつたことは認め、その余の事実は否認する。

4  同7のうち、原告が明治三〇年三月一一日生で、礼二の家族と同居していることは認め、原告と礼二が別世帯、別生計であることは否認する。

5  同8の主張は争う。

三  被告の主張

1  被告は、入所者行一及び規子の扶養義務者である原告に対し、入所費用徴収額を決定するにあたり、神奈川県の指導により、本件通達に定める「同一世帯に属して生計を一つにしている」扶養義務者という枠組みに準拠し、原告と同一家屋に居住し、消費生活をともにしている礼二が入所者の扶養義務者であり、かつ原告と同一世帯、同一生計であると認めて、次のとおり、原告及び礼二の昭和五一年分所得税額を合算して、規則二条に従い入所費用徴収額を決定したものである。

2  昭和五二年三月二六日付鎌福社第七一七号による決定は、昭和五二年度の措置費徴収額の基準となる前年分(昭和五一年分)所得税額が当初原告は〇円、礼二は一八万一七〇〇円とされていたのに従い、規則別表D階層の第一〇階層月額一万二五〇〇円によつたものであり、また、昭和五二年四月二五日付鎌福社第五三号による決定は、その後確定申告による所得税額の確認によつて、礼二の昭和五一年分所得税額が二三万二八〇〇円であることから、規則別表D階層の第一一階層月額一万五〇〇〇円によつたものである。

なお、「同一世帯から二人以上の入所者がある場合」に該当する本件の場合、「その月の支弁額の最も多額な入所者以外の入所者については、その施設のこの表の基準額に〇・一を乗じた額をもつてその入所者の基準額とする。」とされ(規則別表備考)、規子については、前記月額一万二五〇〇円及び一万五〇〇〇円のそれぞれ一割に当たる月額一二五〇円及び一五〇〇円としたものである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1のうち、被告が本件通達に定める枠組みに準拠したこと及び礼二が原告と同一世帯、同一生計であることは争い、その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし4の事実、被告が入所者行一及び規子の扶養義務者で、かつ世帯主である原告の課税額に、原告と同居している次男礼二(昭和九年六月一〇日生)の課税額を合算して本件処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、礼二の課税額を合算してなした本件処分の適否について判断する。

1  精神薄弱者福祉法二七条は「第一六条第一項第二号又は同条第二項の規定による行政措置に要する費用を支弁すべき都道府県又は市町村の長は、当該行政措置により精神薄弱者援護施設又は心身障害者福祉協会の設置する福祉施設に入所中の精神薄弱者又はその扶養義務者(民法(明治二九年法律第八九号)に定める扶養義務者をいう。)から、その負担能力に応じて、入所中に要する費用の全部又は一部を徴収することができる。」と定めているところ、規則は、同条の規定に基づく費用の徴収について必要な事項を定める(一条)ため制定されたもので入所中の精神薄弱者又はその扶養義務者から、その負担能力に応じて徴収する費用の額の基準は、別表の定めるとおりとする旨規定し(二条一項)、別表において、入所者の属する世帯階層区分(AないしD階層に区分し、A階層は生活保護法による被保護世帯、B階層はA階層を除き前年度分市町村民税非課税世帯、C階層はA階層及びB階層を除き前年分の所得税非課税世帯、D階層は、A階層及びB階層を除き前年分の所得税課税世帯とされ、D階層については、さらに前年分の所得税課税額によつて第一階層から第一四階層に区分されている。)による徴収基準額(月額)を定めている。

ところで、右入所者の属する世帯の課税階層区分の認定方法等については、規則には特に規定はないけれども、各都道府県知事あての本件通達により、「その入所者と同一世帯に属して生計を一つにしている扶養義務者(……)のすべてのものについて、それらの者の課税額の合算額により行なうものであること。」と基準が示されている。この点に関する鎌倉市の取扱をみると、成立に争いのない甲第四号証、証人遠藤礼二の証言により真正に成立したものと認められる甲第七号証並びに弁論の全趣旨によれば、昭和五二年当時は、「同一世帯、同一生計を問わず同一家屋に居住する扶養義務者の課税額を合算する」方法によつていたのを、その後、神奈川県の指導により、本件通達に準拠して課税階層区分の認定を行なうようになつたことが認められ、規則二条の適用にあたり本件通達に準拠すべきことは被告の認めるところである。そして、前記のとおり、規則は、別表において入所者の属する世帯を単位として階層区分を設け、右世帯を費用負担者の負担能力の基準とし入所者及び入所者と同一世帯に属する扶養義務者については、これを一体としてみている反面、入所者と別世帯の扶養義務者については、その徴収基準を規定しないことにより費用負担者から除外していることに照らせば、規則に定められている「入所者の属する世帯階層区分」の認定においても、「入所者と同一世帯に属して生計を一つにしている扶養義務者のすべてのもの」の課税額を合算して認定すべきものであると解するのが相当である。

2  そこで、礼二が原告と同一世帯に属して生計を一つにしている扶養義務者といえるかいなかについて検討する。

(一)  原告が明治三〇年三月一一日生であること、礼二が入所者行一及び規子の扶養義務者であること、礼二が原告と同一家屋に居住し、消費生活をともにしていることは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  いずれも成立に争いのない甲第六号証の一、二、第八号証、乙第二号証、証人遠藤礼二の証言並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

(1) 原告には、長男行一、長女規子、次男礼二、次女英子の四人の子供がおり、現在、行一及び規子は精神薄弱者援護施設に入所中であり、礼二は原告と同居し、英子は原告と別居中である。

(2) 原告は、数十年来肩書住所地に居住していたもので、昭和四一年ころ妻に先立たれてからも子供に世話をかけまいとして、同一敷地内ではあるが別棟に住む礼二と同居することなく、家賃収入や恩給、老齢年金などによつて一人で暮していた。しかし、その後、原告は年々齢を重ね高齢による衰弱のため足元がふらつき縁側から落ちて怪我をするということがあつたが、その際、隣りに住んでいながら、礼二の家族が右事故に気付くのが遅れたことがあり、礼二は、これを契機に、明治三〇年生れの高齢のうえ、高血圧症や老人性うつ病といつた病身である原告の日常生活の面倒をみるためには、原告と一緒に暮す以外に道はないと考え、昭和四八年ころ、原告の居住する木造平家建居宅(八畳二間、六畳三間、台所)に家族とともに移り、それ以降礼二の家族が原告と同居して原告の食事や身辺の面倒をみるようになつた。

(3) 礼二の家族は、妻好美、長男朋章、次男春樹の四人家族であり、礼二の収入は給与所得が主でほかに家賃収入が月額四万八〇〇〇円ほどある。他方、原告は、礼二と同居後も、家賃、恩給、老齢年金といつた収入が年に二〇〇万円位あり、行一及び規子の扶養義務者として納税上も障害者控除の適用を受け、高齢ではあるが礼二の扶養親族にはなつていない。

(4) そして、原告は、礼二一家と日常生活をともにするようになつても、経済的に子供の世話にならないことをモツトーとし、原告自らの生活費分を負担すべく、原告も、礼二もともに家計簿をつけて、費用の分担をするようにしている。すなわち、原告は、借地上に建物を所有していることから、その地代、固定資産税の支払をし、原告及び礼二の家族において使用する電気、ガス、水道、下水道及び電話の各使用料については、原告において支出し、礼二が前年度使用料の五分の三相当額を負担することとし、また食費その他の日用品費は、礼二において支出し、前年度実績の五分の二相当額を原告が負担することとして、費用の分担を行なつている。

(5) なお、原告と礼二が同居するようになつた後も、住民票上は、原告と礼二はそれぞれ別世帯となつている。

(三)  右事実によれば、住民基本台帳法に基づく住民票上は、原告と礼二は別世帯となつており、また、生活費等の負担についても、原告においてその五分の二、礼二においてその五分の三の各割合で分担し合つていることが認められるけれども、前示「同一世帯に属して生計を一つにしている」かどうかの判断は、日常生活の実態に即して判断すべきものであつて、一般的には、住居及び日常の消費生活をともにし、社会通念上世帯としての実体をそなえていると認められれば足り、住民基本台帳法に基づく住民票上の世帯が同一であることは必要ではないし、日常生活費用を分担することによつても当然に別生計となるものではない。

ところで、原告と礼二は、同一の家屋に居住し、日常の消費生活をともにしているものであり、しかも、礼二の同居は高齢かつ病身の原告の身辺の面倒をみるためのものであるところ、原告と礼二との生活費用分担は、必ずしも厳密に区分されているものではないうえ、それにより、日常生活における相互の援助、協力という共同生活の実体を失わせるものではないのであるから、原告と礼二は、同一世帯に属して生計を一つにしていると認めるのが相当である。

(四)  以上によれば、被告が礼二の課税額を原告のそれに合算して入所者の属する世帯階層区分の認定をしたことは適法であり、原告主張の違法事由は認められない。

3  原告及び礼二の昭和五一年分所得税額、徴収基準額などに関する被告の主張2の事実は、当事者間に争いがない。

三  よつて、被告のなした本件処分は適法であるから、原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川正澄 三宅純一 桐ケ谷敬三)

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